2017年08月02日

防災センター要員編(1)

ご訪問ありがとうございます。

電撃的に道が開けて、やる気満々の私は、希望に満ちていた。

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しかし、その希望が自分に対する不信感へと変化してゆき、やがて絶望へと変質するのにそう時間はかからなかった。

とにかく防災センターでの仕事は、色々な仕事があり、覚えることが多すぎて、そう簡単にはなじめない。

私の勤務したところは、某大手の一部上場企業がテナントとして入居しているビルであり、また上層階は一般の賃貸住宅となっていた。

そして、同ビルには、そのテナントである上場企業の系列の警備員も勤務しており、仕事の責任分担が違っていたため、当初はその区分を理解するのに苦労した。

また同時に、設備関係の会社と清掃関係の会社も同時に勤務していたので、かなりの人間の名前を覚える必要に迫られた。当然、警備の仕事、設備の仕事、清掃の仕事は、それぞれ関連している部分があり、まずは、人の名前を覚えないと仕事にならない。



この、人の名前っていうのは、以外に覚えられない。それなりに接点があり、会話が多少なりともあれば、自然と名前も頭に入ってくるのだろうが、末端の新人では、そうそう会話の機会もないため、なかなか覚えられない。

当然、テナントである上場企業の会社の人間、住宅の人間もある程度は覚えないと、仕事に支障をきたす。

また、同ビルの、施設の各所の名称も覚えないと話しにならない。

エレベータ、エスカレーター、階段にそれぞれ固有の呼び方があり、その名称を言われて、スグに現場に直行できなければならない。

また、テナント側と、ビル管理側で工事があり、それに伴う、出入管理業務も、慣れるまでは恐怖そのものだ。業者の名前と、担当責任者の名前と顔を覚えないと、スムーズに事が進まない。

また、各所の鍵の管理と、その貸し出しに関わる業務も、煩雑だ。どの鍵がどこの鍵かプレートがついてればいいが、そうでない場合は、困難を極める。いちいち台帳で調べて確認する必要がある。

また、拾得物に関する作業も煩雑を極める。落し物は本当によく届く。そして、その扱いがこと細かに決められていて、そのルールに従って処理を進めるのだが、慣れるのに非情に時間がかかった。

そして、最大の難関が、地下にある駐車場に付随する仕事だった。

地下専用の駐車場は、公道の歩道を横切らないと入れない。そして、車は、スロープを下って、専用バーが上下する手前で止まり、ボックスに配置されているテナント側警備員から番号プレートを手渡されて、所定の位置に駐車することになる。

我々、ビル管理側の警備員は、公道からの進入に対しての誘導を行い、歩行者を妨げることなく、スムーズに車の出入りができるように誘導しなければならない。

また、車に関しては、テナント側の役員の乗っている車と、住宅の車(月極めで専用スペースがある)は停車させてはいけないこととなっており、その車種とナンバーは全て覚える必要がある。

また、その他に、テナント社有車があり、来賓車、納品業者、搬出入車、工事業者の車等があり、その車の所属来館目的が判らない時は、車を止めてドライバーに聞かなければならない。そして、車を通したら、全て下のボックスの人間にその都度、無線で知らせなければならない。

そして、極めつけは、居住者が呼ぶタクシーの対応であった。これは、まず下のボックスに無線を飛ばして、次に防災センターにもその詳細を伝える必要がある。タクシーの会社名と無線ナンバーと誰宛の送迎タクシーなのかを瞬時に聞き出して、防災センターに無線を飛ばす。この一連の作業が、他の車の出入りとダブったら、本当にパニックになる。

実際に、この駐車場の仕事が最大のネックとなり、これが習得できないがために就業を断念したという人間も過去にはいたらしい。

確かに大変だ。駐車スペースも、数に限りがあるため、当然満車となる場合がかなりある。そのときの対応も注意が必要であり、スペース的には、大型車、納品車、搬出入車と分けられているが、業者によっては専用のスペースを確保しているので、どの車がフリーパスなのかも把握しておかないと、迷惑をかけてしまうことになる。

正直、私も、何度もつまずき、通常の研修時間を大幅に超越して臨んでいた。一番困惑したのは、マンツーマンで張り付く先輩によって、教える内容が微妙に違うと言うことだ。その辺を指摘すれば、その先輩がつくときには、その人の言われたとおりにやれということを指示だった。

確定したマニュアルもなく、各自の言っている内容もバラバラ。

じゃ、どうすりゃいいんだよ。

これじゃ、時間かかるのも当然だ。教える内容に一貫性がない部分があり、先輩方からの合格点をもらうのには、本当に苦労の連続だった。

そして、さらに、館内巡回が複雑でなかなか完璧に覚えられない。一日に6回のコースが設定されており、ロングのコースだと約3時間も歩きっぱなしとなる。当初は、まるで、迷路を歩き回るような錯覚に陥るときもあった。特に最終巡回のロングは、一日の終わりにダメ押し的な肉体労働に近い。本当にへとへとになった。

勤務時間は当務勤務と呼ばれる、24時間で、1直から4直まであり、それぞれのルーチンが決められていた。
いずれにしても、仮眠の5時間を順番でこなして、うまい具合に勤務形態が完成されていた。専用のシャワー室があり、キチンと個室で2段ベットがあったので、その辺に関しては不満はなかった。

簡単に言えば、一勤務で、駐車場を3時間受け持ち、決められた巡回をこなし、施設の内外の防犯ビデオのモニターの前に鎮座して監視する監視業務と、出入り管理を行う受付業務を、それぞれ織り交ぜて交代にこなしてゆくという流れで一日が終わる。

そして、基本的には、月13回当務勤務をこなすことになる。ある意味、月13日の拘束を我慢すれば、あとは自分の時間として有効に使えるということだ。

ギャラ的には、1当務約18000円で、月23〜24万円となり、社会保険を控除されれば、20〜21万円というところだ。また、約1ヶ月分の賞与も支給される。交通費もバス代も含めて全額支給だ。この待遇は、施設警備のレベルとしては、かなり優遇されている数字らしい。

平均的には、賞与などなく(寸志として、数万円の支給がある会社もあるらしいが)、月17〜18万円ぐらいが普通だそうだ。そこから、社会保険料を引かれたら、15〜16万円ぐらいを覚悟しなければいけないという。

仕事の内容を考えれば、妥当な数字じゃないのか。施設警備と言っても、ここの現場はかなり特殊と言わざるを得ない。

話によれば、新人がなかなか育たないし、辞めていく人間の穴を埋めるのがままならない状態だ。常に、ぎりぎりの人員でシフトを組んでいる状態だ。

逆に言えば、使えない自分を間単に切れない理由は、まさにそこにある。

多少使えなくても、何とかシフトの駒になれば、目をつぶって、我慢して使うしかない。

多分、そんなところだろう。


そして、隊長からは、容赦ないパワハラ発言が日常的に飛び出す。

「あんたさ、普通以下なんだからさ、これ以上、問題おこして迷惑かけんなよ!」
「ホントにやる気あんのかよ。時間かかり過ぎだろ。危機意識あんのかよ!」
「あんたみたいに使えないの初めてだ。こんなんでこれからどーすんのよ!」


経験したことない罵声に翻弄される日々が続いた。


「オレって、こんなに使えない人間なのか。」

痛いほど、思い知らされる状況に頻繁に遭遇する。

高齢者転職での一番のネックは、やはり、まるっきり異質な業界である場合には、なかなか仕事の習得に時間がかかるということだろう。

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何回も教えてもらったことをすぐ忘れる。そして、同じ間違いを繰り返す。

低脳な自分にあきれ返り、失望し、絶望感に支配される。

そして、最初のうちは穏やかな周囲の口調も、2ヶ月を過ぎれば、確実に批判的になり、自分が完全アウェイ状態に陥り、先輩方のストレスの原因となっているのを肌で感じるようになる。

当然、自分の能力の欠如に起因する問題であり、自分が自らレベルアップするしかない。


正直、研修は約4ヶ月もかかり、それは、普通ではないらしいし、面と向かって、そんな新人はいなかったといわれた。

何度も、心が痛み、折れそうになり、辞める決断をした。

しかし、辞めたところで、また同じことの繰り返しでしかない。

私は、上からの、イジメに近い暴力的なパワハラに耐え忍び、先輩方のお荷物になり、完全に見下された態度であごでコキ使われる。

半年が経過するころには、私もかなり打たれ強くなった。と同時に、仕事にもやや慣れてきたが、時としてミスが繰り返される。


「あんたみたいな人間、今までで見たことがない。異様すぎる。」
「あんた、若年性のアルツハイマーなんじゃないの?病院いったほうがいいよ。」
「あんた、躁鬱病なんじゃないの?自分で該当するフシあるだろ?病院で見てもらったほうがいいんじゃないのか?」

格好のつるし上げ材料にされ、完全に人をナメきっている。自分よりも若い人間に、こんな風に言われて、平気な人はそういないだろう。


人からボロクソい言われても、コケにされても、無視されても、心がそう痛まなくなった。そして、回復も早くなった。

本当に慣れとは恐ろしいものだ。


ただ、全ての原因は自分に適応能力がないのが原因であるという現実は認めざるを得ない。

そして、私は、新たなある挑戦を続けていた。

そう、なぜ、私は、辞めずに耐えられたのか。

その、全ての不遇を新たなる取り組みの原動力にしていた。

そして、一年以上経過した今も、そうだ。

「てめーら、見てろよ。もうすぐ、変革の芽が出る。時間的、経済的自由を手にして、てめーらの前で辞表たたきつけてつけてやるからな。そうだ、もっと俺を熱くさせろ。そしてモチベーションを上げてくれ。」

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私は、あらゆる罵詈雑言を自分への行動力への糧とした。


連中は、俺を熱くしてくれている。むしろ、感謝するべきだろう。


50歳中ばを超えたリストラオヤジとは、少なからず、辛い就業環境に耐え忍ばなければならない。命を削って、心を殺しても、耐えるしかない。

でも、そんなのは、そう長くは続かない。精神的にも肉体的にも、日々劣化していく自分に歯止めがかからないからだ。それこそ、よぼよぼになる前に何とかしなければ老後の安泰などあり得ない。

だからこそ、自分ひとりでも、生き抜く力を身につける必要がある。

そのために、死ぬ気で、本当に、人生の最終段階の踏ん張りどころと自覚して、日々努力している。

なかなか報告できるレベルではないが、何点か同時進行で確実に実行している。


ある程度の成果が確認できれば、是非とも公開させて頂きたいと思う。

posted by Try55 at 18:51| 警備業務に挑戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする